1グラムの思考

思ったことを文字におこしているだけのブログ

死ぬ妄想の話

徒歩45分ほどの距離を歩いて帰ってきた。本当は10分の距離の駅まで行き、そこから最寄りまで電車に乗って来ようと思ったのだが、ふと歩きたくなってそのまま歩いてきた。今日は重いリュックサックを背負い、靴も歩きやすいものではあったが特別適しているわけでもなかった。しかし今日はいろいろあった。考える時間が必要だった。

歩きながらひさしぶりに死ぬ妄想をした。死にたい気持ちがあって考えたわけではなく、ふわふわと思考を野放しにした結果、舞い降りた先が「自殺」と書かれた引き出しだった。あらひさしぶりね、くらいの気持ちでその引き出しを開ける。わたしはずっとずっと前から「自殺をするなら首吊り」と決めている。苦痛を味わうのは嫌だったし、自分の姿形があまりにも変形してしまう方法も嫌だった。肺に水が溜まり、身体がぶくぶくに膨れ上がるような水死は嫌だったし、焼け爛れてゆく焼死も嫌だった。一瞬で済むという点では飛び降りなどはとても魅力的な方法だったが、他者に迷惑がかかる死に方も嫌だった。ひっそりと、ひとりで、首を吊りたい。自室で吊ってしまうと大家や周囲の住人に迷惑がかかってしまうのはわかるが、しかし自室が一番適しているように思える。わたしは定期的に縄をかけられそうな場所を探しているし、死にたいという気持ちがまったくなくてもふとした瞬間に「あそこはわたしの体重に耐えられるだろうか?」なんて考えている。もし吊ると決めたら、時間の余裕があれば丸1日ばかり断食断水を行って腸を空っぽにしたい。そんな余裕がなければ、身体の下に布団やマットレスを敷いておこう。

最初にわたしがいないことに気づくのは誰だろうか?この時期だし、異臭に気づいて通報をする住人か。あるいはわたしと連絡がとれなくなって何かを悟るパートナーか。あるいは無断欠勤に疑問を抱く同僚か上司か。

家まで残り半分ほどの距離を残したところで、肩に痛みが出てきた。リュックサックが重い。汗もじんわりとかいてきた。さ、次だ。次はメッセージだ。

まずはパートナーにメッセージを残そう。あのひとはきっと自分を責めるだろうから、あなたのせいではないのよ、と伝えよう。むしろあなたと過ごせて楽しかったのよ、と。ただわたしはこの先何十年と続くであろう人生のプレッシャーに耐えられなくなって、すこしばかり疲れてしまっただけなの。大丈夫、あなたは自分が思っている以上に人に好かれているし、ずいぶんと前に進めたと思うの。きっとうまくいくから。重荷に負けてしまってごめんね。
次に家族にメッセージを残そう。母へのメッセージはとくに時間をかけて。父への手紙。弟への手紙。
ほかにもいくつか考える。うん、うん、これなら悔いも残らない。そうだ、財産はどうしようか。なけなしの貯金ではあるが、弟の学費にでも充てようか。一筆認めておこう。

そろそろ家が見えてきた。なんだかあまり帰りたくない気分だ。このまま歩き続けたらどうなるだろうか?
歩いて歩いて歩き続けて、足に肉刺ができても止まらず、その肉刺が潰れても止まらず、膿がじくじくと流れても止まらず、ただただ終わりを目指して歩こう。そしてついに倒れ込んでしまった時、その場でわたしは生を放棄しよう。せめて身体が壊れてしまう前に、空が高く緑がきらめく場所に辿りつけていると良い。嗚呼、死処がどうかすてきな場所でありますように、なんて。

あるいは倒れる前にすてきな場所をみつけてしまったら?「百万円と苦虫女」という作品を思い出した。鈴子のように、知らない地でのんびりとバイトをして、生きて、そして百万円が貯まったら次の町に行こう。そうしてまた新たな関係を培って、バイトをして、生きて、百万円が貯まったら次へ。なかなかよいではないか?だがそうするなら、わたしは「死んだもの」として生きてゆきたいのだ。すべてを捨てて、リセットして、だれもわたしのことを知らないところで、ひっそりと。しかし現実問題、それはほぼ不可能である。捜索願を出されたらすぐに見つかってしまうと思う。偽装死も今の技術をもってしては難しすぎる。

はあ、だめかあ、なんて内心ため息をついていたら家のドアの前についてしまった。鍵を開けて中に入る。まっくらで、しずかで、ものは多いくせに、なにもない家。これからわたしは風呂に入り、ゲームを遊び、すこし読書をしてから眠るだろう。そうしてまた1日生き延びてしまうのだ。死ぬ妄想を続けても、まだわたしは自分が死ぬ未来を明確に描けていないのだ。描けていない以上、まだ死ねない。ただそれだけのことである。