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1グラムの思考

思ったことを文字におこしているだけのブログ

お酒の話

価値観

飲酒については何度も書こうとしてはうまくまとまらずに削除する、ということを繰り返してきたのだが、今日こそは書いてやろうと思う。ちなみにわたしは今はほろ酔いだ。地酒を1合飲み、サービス券をいただいたのでホテルのバーでカクテルを1杯やったところだ。飲みながら「なぜわたしは飲んでいるのだろう」とお酒について考えていて、部屋に戻ってこれを書いている。

成人するまでお酒は口にしなかった。高校や大学生の頃に、缶ビールやチューハイを買ってこそこそと飲む輩はいたが、わたしはそれらを白い目でみていた。法律には従うべきだ、と頑なに拒否をして、成人してから酒を口にした。地元の梅酒バーに赴いたらマスターが「お祝いだ」と、店に置いてあった梅酒の試飲を次から次へと差し出してくれた。勧められるがままに口にしていたらずいぶんと酔ってしまったみたいだが、高めのヒールを履いていたにもかかわらずまっすぐと自信たっぷりに歩いて帰った覚えがある。異変が起きたのはシャワーを浴びてお布団に入ったあとで、突如と世界がぐわんぐわんと反転し、慌ててお手洗いに駆け込んだ。その晩は便器を抱きしめて眠った。それをきっかけにわたしはお酒というものを知るようになり、なるほどあまり飲みすぎるとこんなにもつらいのか、と初っ端に学ぶことができた。

それからわたしは機会があればお酒を飲むようになった。父がよく飲む人間だったので、それに合わせてわたしも酒を口にした。成人してからは大学の知り合いとも飲むようになった。節操なく呷るクラスメイトを横目に見ながらわたしは自分のペースで飲み続けたため、お酒の失敗はとくになかった。耐性にもそれなりに自信があり、ワインボトルを1本空けても「酔ったな」と思う程度で、気持ち悪くなったり、戻してしまうことはなかった。その頃のわたしはお酒の味が好きで、ワインの渋みやビールの爽快感やウイスキーの深い薫りが好きだった。それらをゆっくりと味わうために、ひとりでバーに訪れることも多かった。

 

しかしいつからかわたしはあまりお酒を好まなくなった。酒欲メーターなるものが出来て、酒欲がピークに達するとそれなりに飲むのだが、一度満足するとまたしばらくお酒を口にする気がなくなる。酒欲が溜まってゆくペースは日を重ねるごとにゆるやかに減少していき、飲み会においては付き合いで「最初の1杯だけ」で満足することも多くなった。酒の味が嫌になったわけではないので時折ウイスキーのロックを頼んでは氷をころころ鳴らしながら飲むこともあるのだが、基本的には「お酒を飲みたい」という気持ちが薄れていった。

 

最近は最初の1杯さえもすっ飛ばして烏龍茶を頼むことも増えた。あるいは最初の1杯は付き合うものの、2杯目からは躊躇いもなく烏龍茶を頼むようになった。「もっと飲みなよ」と飲み会の席で不満そうに言われても、飲みたくないものをわざわざ飲む必要はない。わたしは烏龍茶でいいよ、と意思を貫いて茶をごくごく飲み干す。今ではすっかり烏龍茶キャラが定着してしまって、ビール好きな友達と一緒にご飯に行くと「あなたはもう烏龍茶でいいでしょ」とわたしが何も言わなくても烏龍茶を頼んでくれる。それはひどく心地が良い。たまに気分が乗ると、あるいはお料理によっては1~2杯ほどワインを頼むこともあるが、それもゆっくりと嗜む程度だ。

お酒を飲むと段階を踏んでさまざまな変化が現れる。まず楽しくなる。笑い上戸というほどではないが、いろいろと愉快になって口数も増える。飲み続けると、酔うよりも先に眠くなる。欠伸が増え、疲労感が出てきて丸くなって眠りたい気持ちになる。頻繁に飲んでいた頃はよく「眠そうだね」と言われていた。ここからさらに飲み続けるとよくない。酔ってくるとだんだんと焦燥感に襲われ、恐怖がうまれるのだ。これ以上飲んではいけない、という身体の警告とともに、脳内で負の感情が渦巻く。自分自身のことや自分の人生のことなど、ざっくりとした大きな話題がぐるぐると巡ることもあれば、その場の雰囲気に嫌気が差すこともある。わたしはべつにこの場にいなくてもいいのだ、と思う。友達でもない人々と数時間ともにし、1日経てばきっとあまり覚えていないどうでもいい会話を繰り広げ、気を使いながらまわりに話題を合わせるような時間。それがひどく虚しい。ほぼ同時に寂寥感もうまれ、とてつもなく哀しくなる。よい思い出が蘇り、現状と比較してしまい、嗚呼さみしい、と思うのだ。比べてもよいことなど無いということはわかっているはずなのだが、どうしても無いものねだりをしてしまう。普段我慢していた感情が顔を出し、遠慮なしにわたしをかき乱す。その課程をわたしは頭の中で一匹の蛇として想像する。とぐろを巻いておとなしくしていた蛇が、酒という刺激を受けてにゅっと顔を出し、ちろちろと舌をわざとらしくちらつかせながら悪戯をするのだ。もともとわたしは蛇という生き物が好きなのだが、この時ばかりは参ってしまう。そんなに虐めないでおくれ、と思いながら、なんとか押し戻せないか、慌てて水を体内に流し込んで、精神を蝕んでいる酒を洗い流そうとするのだ。


酒は嗜む程度に、飲んでも飲まれるな、そういう強い信条を抱いている。物理的に飲まれてしまうことは無いけれど、これほどまでに心と思考を荒らされては、飲まれているのと変わらないのではないか。上記でも書いたとおり、幸い最近のわたしはあまりお酒を飲む必要がなくなってきた。焦燥と淋しさに支配されないよう、ほどほどにするべきである。