1グラムの思考

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Q3 のまとめ

過去のまとめ:Q1 | Q2


あっという間に四半期がまたひとつ過ぎていった。7月から9月のわたしの日々を振り返る。


7月。中旬頃まで海外にいた。思うことがいろいろあって、その場に居ることがこわいとさえ思った。異質な空間に放り出された気分だったのに不思議と安心感もそこにあって、そのうち恐怖は乗り越えた。なんだか解放されたような感覚で、不必要に感情移入していたものから独立できたような気がした。その後、帰国してから迎えた誕生日も驚きが多くて、遠い地にいる人から贈られたもの、同僚が用意してくれたお祝い、やさしい言葉の数々、それらがすべて新鮮だった。

8月。なんだかやることが多くて、公私ともに目まぐるしく過ぎていった。新しい知り合いが増え、離れたり近づいたりをしながら、最適な距離感を探してゆく。やたらと人に好かれていたが、個人的にはとても失礼な感情の押し付け方をされているように思えて、少々厳しく反論をした時もあった。しかし悪いことばかりではなく、わたしはよい縁に恵まれた、と思う時もあった。米国に住んでいた頃お手伝いをしていた夫婦がいるのだが、いまだにメールのやり取りを通じて彼らの事業を手伝っている。それはわたしにとってなんだか感慨深いことである。仕事面では、わたしにもできることがあるのだ、と思えることがあった。あまりにもちいさな存在で、力のないわたしだけれども、それでもよいことを成すことはできるのだ、人のために何かをすることはできるのだ、と思った。

9月。再び海を渡る。東京の喧騒から、湿度から、難しい人間関係から離れ、ずいぶんと心と身体が休まった。わたしはじつに自由に自己を表現できていたと思う。くだらない冗談を言ったり、ふざけてみせることは、じつを言えばあまり人前ではやったことがない。いつも何かしらのリミッターがあって、「変に思われるから」「くだらないから」「恥ずかしいから」「場がしらけるから」などといろいろ考えるうちに、最終的には当たり障りのない、つまらないところに落ち着くのだ。それが取り除かれて、のびのびと毎日を過ごすことができたのは、ずいぶんとよいことであった。月末に帰国してからもしばらくのんびり。やりたいこともいろいろできて、それらをひとつずつこなしてゆくことを思い描きながら、仕事もプライベートも精一杯楽しむ。


Q2 のまとめのほうで「思考をやめることができない」という話をしたが、あいかわらず考え事は次から次へと溢れ出てきて、時にはそれはあまりよくないこととなる。思考を重ねるごとに精神が疲弊し、かといって思考をやめれば苦痛でならない。考えることをやめたくはない、やめることはできない、やめてはならない。しかしどのようにすれば思考を休ませることができるのだろう?喧騒を離れ、うつくしいものを目にして、しあわせな思考、意味のある思考、心の薬になる思考をかわりにできればよいのだが、それらを妨げるものが多数あってなかなか辿り着くことができない。

次の3ヶ月は仕事のほうもすこし難しくなり、頭を抱えることも多くなるだろうが、元はと言えばわたし自身が好きで踏み込んでいったものだ。最後まで責任をもって見届けるべきである。