1グラムの思考

思ったことを文字におこしているだけのブログ

朝と夜がこわい話

朝がこわい。これから1日が始まるのがこわい。わたしは今日どんな1日を過ごすべきなのか。どんな顔をして1日を過ごすべきなのか。だれと、なにを話して過ごすべきなのか。できることがたくさんある中、どの選択肢を選んで時間を費やすべきなのか。朝は「未来」の始まりであり、自分の活動によって未来が影響されるのがこわい。わたしはできるだけ正しいことをしたい。人生で成し遂げたいことに少しでも貢献できること、少しでも近づけることがしたい。しかし具体的にはどうすればよいのだろう?無数ある「今日」の中でも、とくにこれから始まる「今日」をどのようにすれば有効活用ができるのだろう?流れゆくだけの時間に焦燥感がうまれ、プレッシャーも感じる。

夜がこわい。正確には、黄昏時が終わり、本格的に空が濃紺に染まる時間帯。視界が暗くなり、嗚呼、ついに夜が訪れたのか、と思う。言い知れぬ孤独と哀しみが染みのように心の中で広がっていく。それは場所に限らず、ひとりで家に居る時、友達と食事をしている時、同僚と並んで座ってまだ仕事をしている時、毎回蝕まれる。助けを求めることもできず、独りで暗闇に呑まれてしまうような感覚に陥るのだ。

眠るのがこわい。眠ってしまったら朝がきてしまうから。眠ると時折かなしい夢をみるから。船を漕いでも、それでハッと起きても、寝たくない、と頑なに睡眠を拒む。大抵はいつの間にか眠ってしまうのだが、朝方まで起き続けたこともある。どちらにせよ、また朝がきてしまったことに絶望し、朝がこわい、と感じるのだ。


そんな時は濃いめの珈琲を淹れ、小説を手にとってゆっくりとここではない別の世界に沈み込んでゆく。そうすると心が落ち着き、小説を閉じて現実に戻ってきた時、さて今日も生きねば、と思う。無駄のない、完璧な1日を過ごす必要などない。無理をせずに、今日やるべきことをやるだけだ、と自分に言い聞かせる。夜になったらまたこわくなって、眠るのが嫌になって、翌朝憂鬱になるのはわかっている。しかしその度にまた心を入れ替えて1日を迎えることができるのもわかっている。この無駄の多いサイクルを幾度も繰り返してきたが、無くなることはないのかもしれない。