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1グラムの思考

思ったことを文字におこしているだけのブログ

成したいことの話

価値観

最近思うことがいろいろある。なんだかしっくりこない。人との関係も、自身の体調も、精神状態も、仕事も。
しずかに身体を休めたくて家でゆっくりしていても、思考がうるさい。お布団にもぐっても、お風呂につかっても、ぶくぶくと意識が泥沼に沈んでゆく。
気を紛らわせようと外に出たり、人と会う予定をたくさん入れたりする。しかし全員わたしの「知り合い」であり、腹を割って話せる仲ではない。間違いなく気は紛れ、束の間の楽しさは手に入るのだが、同時に身体的疲労とすこしばかりの自己嫌悪におそわれる。これがしばらく続けば、人と会うことによって生じる精神的疲労もあらわれる。精神の死を回避しようと人に会っているのに、やりすぎると逆に負担になってくるのだ。まったくもって面倒である。

わたしは成したいことが大きく分けて3つある。
ひとつ、良い人間でありたい。
ふたつ、誰かの役に立ちたい。
みっつ、しあわせになりたい。

良い人間であること、そして誰かの役に立つことは他者がいないと成り立たないものであり、そしてその他者から「良い人間である」「役に立っている」と認められなければ意味がないのだ。

わたしは誰かの救いになることができるのだろうか。わたしばかり与えられるのではなく、おなじように誰かにもやさしさを向けて、誰かが健やかでいられるよう手助けをすることができるのだろうか。自信がすこしない。

しあわせになる、という大きな目標に向けてどのように歩みを進めていけばいいのか悩む。明日になれば、ひと月後になれば、一年後になれば、わたしは今日よりも近づけているのだろうか。立ち止まっていないだろうか。わたしはできれば、毎日を無駄にすることなく前進していきたいのだが、本当に今日という日が役に立ったのだろうか、という疑問を拭い切れない。


しかし無駄な一日などないのだ、と言う。わたしが今日しっかりと働き、生きることによって確実に進めているのだ。わたしは誰かのためになっている、と言う。本当にそうだと良い。そう願いたい。

ずっと苦しいと思っていたことがついにあふれ、言葉とともに涙もすこしこぼれてしまって、ひとまずはおさまったとは思う。しかし自分のあまりの無力さにもがき、漠然とした不安を抱えて生きているのは変わらないだろう。せめてわたしにもうすこし自信があれば… と思ったところでなにも変わらないのだが。