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1グラムの思考

思ったことを文字におこしているだけのブログ

余命宣告されたらの話

友達と1週間ぶりに会った。たったの1週間ではあるのだが、以前は同じビル、わたしの数メートル先のデスクに座っていて毎日お話をしていたので、なんだか少し変な気分だった。 とても楽しく、ひさしぶりに涙が出るほど笑ったのだが、ふとしたきっかけで「いつ…

仕事への熱意がないの話

今の職に就いてから1年半以上経つ。仕事の幅はとても広く、色々な分野に手を出すことができて、すぐに飽きてしまうわたしだけれどなんとかバラエティを維持できている。 しかし、もやもやがすごい。数ヶ月前に何かが爆発して仕事の不満をぶちまけたことがあ…

Some thoughts from today

After a satisfying getaway, I was quite looking forward to seeing a few folks from work. We get along well (for the most part) and have these gatherings periodically, which turn out to be fun nights. Today was no exception - good food, goo…

人間と関わりたくないの話

じつに傲慢な願いがある。わたしはわたしが関わりたいと思う人間とだけ、関わってゆきたい。話したり、一緒に何かをしたりなどの直接的な関わりがなくても、視界に入っているだけで嫌だ。居なければ良いのに、と思う。それは「死ねばいいのに」とは違ってい…

否定の話

知り合いと話していたら、唐突に「否定の仕方がうまいね」と言われた。思えば、以前も似たようなことを言われたことがある。威圧感がないだとか、否定されてもすっと受け入れられるだとか。話している最中はとくに意識しているわけではないのだが、せっかく…

お酒の話

飲酒については何度も書こうとしてはうまくまとまらずに削除する、ということを繰り返してきたのだが、今日こそは書いてやろうと思う。ちなみにわたしは今はほろ酔いだ。地酒を1合飲み、サービス券をいただいたのでホテルのバーでカクテルを1杯やったところ…

結婚観の話 - II

このブログのいちばん最初のエントリーは結婚の話であった。最近やたらわたしの周りの人間が婚約・結婚をしてゆくので、もう一度思うことを書いてみようと思う。 以前も書いたが、わたしの中では結婚=子を成すこと、である。子孫を残すべき、という生物学的…

朝と夜がこわい話

朝がこわい。これから1日が始まるのがこわい。わたしは今日どんな1日を過ごすべきなのか。どんな顔をして1日を過ごすべきなのか。だれと、なにを話して過ごすべきなのか。できることがたくさんある中、どの選択肢を選んで時間を費やすべきなのか。朝は「未来…

成したいことの話

最近思うことがいろいろある。なんだかしっくりこない。人との関係も、自身の体調も、精神状態も、仕事も。しずかに身体を休めたくて家でゆっくりしていても、思考がうるさい。お布団にもぐっても、お風呂につかっても、ぶくぶくと意識が泥沼に沈んでゆく。…

死ぬことの意味の話

夢の話 - 挨拶と死ぬことに、自殺よりも事故死などのほうが大切な人を傷つけずに済む、という話を書いた。ふと夢の詳細が今更ながら脳裏に浮かび、いろいろと思考を誘発させてしまったのでとりあえず書き留めておくことにする。 なぜ自殺よりも事故死なのか…

夢の話 - 挨拶と死ぬこと

夢をみた。ひどく哀しい夢で、起きてしまったあとは心臓が早鐘を打ってしまって寝つけなかった。 ひとつめの夢は、挨拶に関する夢であった。以前もこのブログに書いたが、わたしにとって挨拶というものは精神的な支えでもある。そのひとと繋がっているのだ、…

子が親に嘘をつくということの話

わたしは嘘つきである。親に数えきれないほどの嘘をついてきた。同時に、十ほど歳の離れた弟がいるので、親の心境もすこしは理解できる。 親に嘘をつく理由、それはずばり「面倒だから」である。いちいち自身の事情を説明しなければいけないことが面倒で、な…

変わらぬものなどないという話

わたしはもともと小さなコミュニティでひっそりと生きてきた。仲の良い人間は少なく、限定的。ルーチンが崩れてしまうのがたまにこわくなるので、きっちりと自分の中の世界や理屈を創り上げてきた。 自分の居心地のよかった場所にあたらしい人やものが加わっ…

人と話すことの話

わたしはあまりたくさん話せない。 何かの集まりや行事の際に、大勢の人に挨拶をしたり雑談をしたりするだけで、ひどく疲れてしまう。少人数の会議でわたしが発表をしたり進行係を務めるだけで、ぐったりしてしまう。身体的にも、精神的にも疲れる。もともと…

自分の居場所が迷子の話

わたしは自己評価が低いので、他のことはたとえポジティブ思考でいても、自身に関するさまざまなことはわりと悲観的であったりする。 会社のイベントや、知り合いの飲み会などに誘われると、いつも悩む。知らない人がいた場合、あるいは何かの集まりだった場…

しあわせになるということの話

わたしの人生の願いはなにか、将来どのようになりたいか。考えていると、決まって同じ答えに辿り着く。しあわせになる。じつに難しい願いであるように思えるが、やはりこれしかないのだ。 そもそもしあわせとは何なのか。しあわせの定義はいろいろあるはずだ…

ワークライフバランスの話

ワークライフバランス。一般的には、仕事も私生活も各々うまくいき、相乗効果でお互いに良い影響を与える、というようなものを指す。わたしはよくワークとライフをわけろ、と言われるが、ワークライフバランスというものの定義は曖昧で、人それぞれだ。同僚…

「さようなら」という言葉の話

わたしは「さようなら」という言葉があまり好きではない。どうしてこうもこの言葉は淋しさを駆り立てるのだろう。仰々しいような、取り返しのつかないような、まるでわたしの一部がぽっかりと抜け落ちてなくなってしまうような、形容しがたい恐ろしささえあ…

歩み寄るということの話

すこし昔を思い出していた。人が人と向き合い、付き合っていく上では歩み寄る必要がある。我を通すだけではいけないのだ。時には自分のほうから一歩、二歩、と相手のもとへすり合わせ、お互いが納得できる中間地点を探すことが大事である。 とくに難しいのが…

『会話』の話

香りのよいブラックコーヒー、山、雪。これらがあれば、わたしの人生は潤う。読書、おいしい食事、有意義な『会話』。これらはわたしが健やかに生きる上で必要不可欠なものたちだ。 とくに『会話』というものは定期的に提供してやらないと、思考が自身の中に…

自分が死ぬということの話

わたしは毎日死んでいる。それも一度や二度ではなく、だいたい1日に二十回くらいは死んでは生き返るプロセスを繰り返している。わたしにとって死ぬこととは、精神的につらいと思うことと少々性質の異なるもので、おもに思考が停止、あるいは思考が許容量を超…

名前をつけて合理性を持たせるという話

わたしは物事に、概念に、感情に、名前をつける行為をよくする。よくする、と言うとなんだか好みであるように聞こえるが、実際は固執している気がする。名前をつけるということによって何かを確立させ、意味を持たせることができる、そう思っている。しかし…

挨拶の話

わたしは挨拶というものが、この上なく好きだ。 「おはよう」「おやすみ」「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」 響きが、繋がりが、愛おしい。 わたしにとって挨拶とは、ただの常套句以上の意味をもつ。意外と言われたことがあった…

困るということの話

困ったなぁ。その呟きはわたしにとって、ずいぶんと重大なことを意味する。それは果たして、良い意味での「困った」なのか、悪い意味での「困った」なのか。口癖のように「困った」と使う人は多いと思うが、よくよく考えてみたら「困った」というのはそれな…

我慢の話

わたしはいろいろと我慢を強いられている気がする。否、強いられているという前提のもとに生きている。幼少期より我慢というものに救いを求めてしまっていたのがそのまま染み付いて大人になってしまった感じなのだろうか。わたしの人生は、我慢をすればわり…

アドバイスの話

人のアドバイスというものは、ひどく曖昧な気がする。 「自分ならこうする」という主観的な信念からうまれるものもあれば、相談人の立場になってしっかり考えた上でうまれるものもある。 意見を求める、と一言にいっても、それは果たしてどれほど信憑性があ…

結婚観の話

結婚をテーマにした文を書こうと漠然と思うことは多々あれど、思考が抽象的なそれに留まったまま、なかなか文字におこすことができずにいた。 しかしここ半年で結婚まわりの決断を迫られるようになり、ようやく筆を取ってみる気が起きた。他人の気持ちなど考…