1グラムの思考

思ったことを文字におこしているだけのブログ

過去の人たちの話

わたしには4年お付き合いをした人がいた。婚約者には2年お付き合いをして、結婚までした人がいた。
彼の家をはじめて訪れた時、片付けが苦手な彼らしいといえばそうなのだが、家にはまだ前妻の気配が至る所に残っていた。そもそもそんなものがまだ残っている、という認識もなかったと思う。前妻の残した大事そうな或いは高価そうなものはまとめて「送ってあげなさい」と婚約者(当時は恋人だったが)に伝え、消耗品の類は使えるものは使ったが、ほとんどはゴミ箱に収まっていった。傷つきはしなかったが、変に感情移入をしてしまってしばらく大変だった。哀しくて哀しくて仕方がなかった。彼女はどういう気持ちでこの家に荷物を運び込み、そしてどういう気持ちで出ていったのか。生活の至る所に表れるその様子やその感情が、わたしには鈍い刃のようだった。

それらがすべてわたし色に染まったとき、はじめて「家」という感じがした。はじめて自分の居場所ができたような気がした。今までは彼女の影に怯え、自分が異質なもので、本当はここにいてはいけないような感覚だったが、それがなくなった。しかし時折、彼女の存在がちらつくのだ。うまくいかなかった結婚生活の話をする婚約者はひどく悲しそうで、彼女に言わなければならないこと、あるいは償いをしなければいけないかのような言動を稀にする。そうなったとき、わたしはどうすればいいのかわからなくなる。慰めることしかできないのだ。彼の過去は消えないし、消してほしいとも思わないのだが、今ここにいるわたしは過去の感情に何の影響を与えることができない。わたしは無力なのだと思い知らされる。そして様々な感情が複雑に絡み合って「いっそ前妻とうまくいっていればよかったのに」とさえ思う。そうすれば婚約者がこの悲しみを背負うこともなかっただろう。なれやしないのに、なんとか支えになりたいと願ってしまう自分自身のこの無力さも生まれなかっただろう。

以前掃除をしていたら、婚約者が過去に付き合ってきた女性たちの手紙を見つけてしまった。もう何年も前のもので彼自身も単に存在を忘れていただけらしかったので、まとめて机の上に置き、目を通したら処分をしておいてくださいと伝えた。彼はそれに難色を示し、その後また忘れていまだに処分をしていないと思われる。今となってはどうでもいいことだが、あの時はさすがに反論した。なぜ処分をしてほしいのか、処分をしないことによってうまれる感情がどのようなものなのか。自分なりの考えを伝えたのだが、まあ共感など一ミリも得られなかったと思う。しかしまあ、わたしからすれば無意味な紙切れでも、彼にとっては大事なものなのだろう。

 

わたしだって以前付き合っていた人のことを思い出すこともある。お互いのSNSは鍵垢なのでもう見れないし連絡先もとうの昔に削除したが、元気にやっているのかな、と考える。ずいぶんと揉めて別れたのでひどく恨まれたが、だからこそ立ち直れているかどうかが気になる。別れてからおそらく4年近く経つが、2度ほど夢に出てきたことがある。夢の中のわたしは彼に「わたしは今しあわせだよ」と伝えたし、彼もまた、別の人と結婚をしていた。それでいいのだ。

 

なにも悲観することなどない。人が出会い、そして別れるのは至極当然のことである。わたしは自分が婚約者の過去の女性よりも劣っているなんて思っていないし、悔しいとも、うらやましいとも思わない。わたしはわたしで、今は今なのだ。

しかしたまに思う。婚約者と前妻がうまくいっていたらどうなっていたのだろう?どんな人生を歩んでいたのだろう?元彼と別れたわたしは、べつの人と知り合っていたのだろうか?だとしたら、どんな人なのだろう?ふしぎと、わたしが元彼とうまくいっていた未来はまったく想像できないし、したこともない。彼はあっさりと過去の人になって、そして過去のままである。振り返ることはなかった。これが男女の差なのだろうか。「女性は上書き保存、男性は名前をつけて保存」というフレーズは昔からあるが、婚約者と自分を比較すると本当にそうなんだな、と思う。彼が過去のラブレターを捨てなかったのは「それも人生の一部で、思い出だから」とのことだった。共感はできないが、ギリギリ理解はできるかもしれない。しかしわたしはそういうのを見てネタにしたりなどできない。何よりも先、それを書いて送った時の心境を想像してしまうからだ。しあわせだったあの頃のことを想像しては、悲しくなってしまうからだ。まったく、面倒な性格である。

2017年を振り返って

少々さぼりすぎたようだ。2017年の振り返りエントリを何度も書こうと思っていたのに、実際に行動に移すことがなくもう1月が過ぎ去ろうとしている。

2017年。わたしにとっては『変化』の年であった。

わたしが2017年に石清水八幡宮で引いたおみくじをここに記してみよう。

吉 上昇運
前進の時である。誠意をもって勇敢に努力し、平常心を保って正直を守れば速やかに幸福に向う。
願望 叶う
縁談 よし
交渉 理屈を通せば悪し
方位 西よし
住居 転宅よし
商売 進むべし
病気 おそくとも癒る

願望は…叶った。わたしの願望およびに『変化』のひとつは「海外の部署に異動をし、恋人と共に住むこと」であった。正確に言えばこれを書いている時点では海外部署に異動しただけでまだ日本で働いているが、つい先日就労ビザがおりたので来月の今頃には海外に引っ越しているかと思う。

縁談も…叶ったといえるだろう。わたしのもうひとつの『変化』は「婚約」である。このブログをはじめた頃に自身の結婚観について書いたかと思う。いろいろと割愛はするが、結婚をすることを決意した。残念ながらわたしの両親に猛反対されているので籍を入れる日はまだ未定ではあるが、今年中には済ませたいと思っている。

交渉はいまいちわからない。母との仲に溝が出来てしまったのは、おそらく理屈を通したからではあるが。

方位、わたしはまさしく米国西海岸に引っ越すことになった。西よし。

住居はとくに当てはまらない。米国の引越し先をすこし探してみたけれどあまりよさそうな物件はなかった。

商売、該当なし。

病気、10月頃に原因不明の熱に侵された。何の前触れもなく、帰宅したら突如熱が上がった。咳も出ない、喉も痛くない。節々も大丈夫だ。なのに熱だけが6日間続いた。点滴を3度も打ちに行った。たかが6日かもしれないが、熱を測る度に絶望を味わった。つらくて仕方がなかった。2度ほど先輩を通して会ったことのあるお医者さんの方に連絡をとってみたら、すこし遠い大学病院を紹介された。少々無理をして向かい、血液検査を行い、点滴も打ち、強めの処方箋を出してもらった。何が効いたのかはわからないが、その24時間後には熱はだいぶ引いてくれた。何がなんだかわからなかったが、とりあえず治ってよかった、と思っていた。

 

さて、というわけで2017年のおみくじはなかなか的を射ているものが多かったように思える。仕事も人間関係も変化が多く、いくつかの願望も叶ったように思える。もちろん、叶わずに悪化してしまった状況も多々ある。それらはゆっくりとこれから紐解いていこう。

2018年のおみくじも引いたが、ちょっと結果がよろしくなかった。結ばずに持って帰ってきたが、答え合わせはまた来年。今年もよい一年にしていきたい。確執を解消し、精神の落ち込みを減らしていきたい… おだやかに、しあわせに暮らせますように。

死ぬ妄想の話

徒歩45分ほどの距離を歩いて帰ってきた。本当は10分の距離の駅まで行き、そこから最寄りまで電車に乗って来ようと思ったのだが、ふと歩きたくなってそのまま歩いてきた。今日は重いリュックサックを背負い、靴も歩きやすいものではあったが特別適しているわけでもなかった。しかし今日はいろいろあった。考える時間が必要だった。

歩きながらひさしぶりに死ぬ妄想をした。死にたい気持ちがあって考えたわけではなく、ふわふわと思考を野放しにした結果、舞い降りた先が「自殺」と書かれた引き出しだった。あらひさしぶりね、くらいの気持ちでその引き出しを開ける。わたしはずっとずっと前から「自殺をするなら首吊り」と決めている。苦痛を味わうのは嫌だったし、自分の姿形があまりにも変形してしまう方法も嫌だった。肺に水が溜まり、身体がぶくぶくに膨れ上がるような水死は嫌だったし、焼け爛れてゆく焼死も嫌だった。一瞬で済むという点では飛び降りなどはとても魅力的な方法だったが、他者に迷惑がかかる死に方も嫌だった。ひっそりと、ひとりで、首を吊りたい。自室で吊ってしまうと大家や周囲の住人に迷惑がかかってしまうのはわかるが、しかし自室が一番適しているように思える。わたしは定期的に縄をかけられそうな場所を探しているし、死にたいという気持ちがまったくなくてもふとした瞬間に「あそこはわたしの体重に耐えられるだろうか?」なんて考えている。もし吊ると決めたら、時間の余裕があれば丸1日ばかり断食断水を行って腸を空っぽにしたい。そんな余裕がなければ、身体の下に布団やマットレスを敷いておこう。

最初にわたしがいないことに気づくのは誰だろうか?この時期だし、異臭に気づいて通報をする住人か。あるいはわたしと連絡がとれなくなって何かを悟るパートナーか。あるいは無断欠勤に疑問を抱く同僚か上司か。

家まで残り半分ほどの距離を残したところで、肩に痛みが出てきた。リュックサックが重い。汗もじんわりとかいてきた。さ、次だ。次はメッセージだ。

まずはパートナーにメッセージを残そう。あのひとはきっと自分を責めるだろうから、あなたのせいではないのよ、と伝えよう。むしろあなたと過ごせて楽しかったのよ、と。ただわたしはこの先何十年と続くであろう人生のプレッシャーに耐えられなくなって、すこしばかり疲れてしまっただけなの。大丈夫、あなたは自分が思っている以上に人に好かれているし、ずいぶんと前に進めたと思うの。きっとうまくいくから。重荷に負けてしまってごめんね。
次に家族にメッセージを残そう。母へのメッセージはとくに時間をかけて。父への手紙。弟への手紙。
ほかにもいくつか考える。うん、うん、これなら悔いも残らない。そうだ、財産はどうしようか。なけなしの貯金ではあるが、弟の学費にでも充てようか。一筆認めておこう。

そろそろ家が見えてきた。なんだかあまり帰りたくない気分だ。このまま歩き続けたらどうなるだろうか?
歩いて歩いて歩き続けて、足に肉刺ができても止まらず、その肉刺が潰れても止まらず、膿がじくじくと流れても止まらず、ただただ終わりを目指して歩こう。そしてついに倒れ込んでしまった時、その場でわたしは生を放棄しよう。せめて身体が壊れてしまう前に、空が高く緑がきらめく場所に辿りつけていると良い。嗚呼、死処がどうかすてきな場所でありますように、なんて。

あるいは倒れる前にすてきな場所をみつけてしまったら?「百万円と苦虫女」という作品を思い出した。鈴子のように、知らない地でのんびりとバイトをして、生きて、そして百万円が貯まったら次の町に行こう。そうしてまた新たな関係を培って、バイトをして、生きて、百万円が貯まったら次へ。なかなかよいではないか?だがそうするなら、わたしは「死んだもの」として生きてゆきたいのだ。すべてを捨てて、リセットして、だれもわたしのことを知らないところで、ひっそりと。しかし現実問題、それはほぼ不可能である。捜索願を出されたらすぐに見つかってしまうと思う。偽装死も今の技術をもってしては難しすぎる。

はあ、だめかあ、なんて内心ため息をついていたら家のドアの前についてしまった。鍵を開けて中に入る。まっくらで、しずかで、ものは多いくせに、なにもない家。これからわたしは風呂に入り、ゲームを遊び、すこし読書をしてから眠るだろう。そうしてまた1日生き延びてしまうのだ。死ぬ妄想を続けても、まだわたしは自分が死ぬ未来を明確に描けていないのだ。描けていない以上、まだ死ねない。ただそれだけのことである。

いらいらするものの話

ここ1,2ヶ月はよく荒れている。憂鬱になることが多く、気に食わないものが目につくことが増えた。全員消し去ってしまうか、あるいはわたしがすべてをシャットアウトして殻にこもってしまいたい、と頻繁に思う。後者のほうが安易だが、今のわたしにはせいぜいインターネットを切断して部屋に引きこもる程度のことしかできない。フラストレーションばかりが溜まり、不安や哀情などといった感情も怒りへと変形してゆく。本当、人と関わることは煩わしいことだらけで、可能ならばこの前旅で訪れた広大な地の片隅にひっそりと暮らしていきたい。

いち、テンポの悪い会話ややりとり。対面で話している時、会話に微妙な間が空いたり、はっきりと返事が返ってこないのが嫌だ。話すことがないのなら、必死に話題作りをせずに放っておいてくれ。文章でやりとりをしている時、大事なところで返信が遅くなったりすると嫌だ。自分のペースで、ながらメールができるという点では文章のやりとりは非常に優秀であるが、わたしがイライラしてくるのは例えば質問の途中であったり、相談事であったり、真面目な話の途中である場合で、いきなり返信が遅くなることである。つい数日前、知人が「相談がある」と言い出したのでわたしはそれに応じた。事情が一通り送られてくる。詳細が抜けていていまいち言いたいことがわからなかったので質問をしたらすぐに返ってきた。なるほど、と相談を理解したわたしはいくつか自分の考えを述べた上で、その知人の意見を問うた。返信がない。十数分後に返ってくる。返信を書く。また数分後に返ってくる。返信を書く。今度は十分。もうこの時点でわたしのイライラはマックスである。テンポが悪すぎる。わたしは向き合おうとしているのに、会話の流れがあまりにも途切れ途切れで腹ただしい。話すのか話さないのか、どっちかにしてほしい。ただ聞いてほしいだけなら、人間ではなく AI か何かにでも話しかければいい。iOS なら Siri がいるし、Android なら Google Assistant がいる。そいつらに聞いてもらえ。

に、ふわふわした女。もともとそういう頭の弱そうなふわふわ系とはあまり関わってこなかったが、ここ一年ほどはよく周囲に見かけるようになった。舌ったらずのようなふわっとした喋り方、聞き取りにくい小さい声、天然だと言われそうな雰囲気や言動。この前同僚の家で集まりがあったのでお邪魔したら、後からふわふわ系女子がやってきた。声がまず小さい。わたしのみならず、他の参加者たちも何度か聞き返している。たどたどしい喋り方。初対面ゆえ「はっきりしゃべって」とは言いたくなく、苛立ちは募るばかりなので距離を置くことにした。なるべく接点の薄い作業を率先してやり、彼女と喋らないようにした。書いていてふと思い出したが、そういえば学生の頃にもひとりこういう子がいた。わたしの知るふわふわ女はこの同級生を含め全員賢く、決して頭が弱いわけではない。なのでどうしてしっかり喋らないのかよくわからない。同僚の家で遭遇したあのふわふわ女とは共通の知人が多いが、皆どうやって付き合っていってるのか本当に理解ができないし、純粋にどう思っているのか知りたい。なんとも思っていないのだろうか?それともむしろかわいいと思っているのだろうか?少し気にはなるが嫌になるほどではないのだろうか?どうやらわたしの友達もその女と付き合いがあるらしく、互いに腹を割って話せる関係であるため愚痴りつつ「みんなどうやって付き合ってるの?わたしの心が狭いの?」とそれとなく聞いてみたが、「人には合う合わないがあるから仕方ないね」と言われた。どう思っているのかはよくわからないが、つまりみんなはそういうふわふわ人間が「合う」タイプで、わたしはああいうのが「合わない」ということなのだろうか。もしそうならば、わたしは圧倒的なマイノリティであり、なんだかわたしのほうが嫌な人間である。それはそれでべつにいいのだが、ああいうのが「合う」人ばかりだということが、わたしにとっては驚愕の事実であった。

さん、暑さ。これは人間が相手ではないので敗北しかないのだが、とにかく昔から暑いのが苦手だ。暑いとイライラしてくる。汗が垂れてくるとイライラが倍増する。食欲も減退し、食べることが大好きなわたしはいつものようにもりもり食べれなくなることにイライラ、そして満足な食事がとれないことによるエネルギー低下でまたイライラ。暑い時期はとにかくすべてが怒りに繋がり、そして目に映るすべてに殺意がわく。


まだまだ気に食わないことはあるが、暑さに胃がやられ固形物を何も摂取できていないことにまた苛立ちが募ってきたので、腹ごしらえのためにひとまず筆を置こう。に、に至ってはわたしがもっとも納得がいかないものであり、周囲の人間にいろいろと追求してみたい気持ちもあるが、それはそれで面倒なので結局もやもやとイライラを抱えたままわたしはひたすらそのような輩を避けて過ごしている。…さて、気分転換に錦糸卵を作ってそうめんでも茹でるとしよう。

縄張り意識の話

縄張り意識

縄張り(テリトリー)を意識すること。縄張りに反する他個体を排除する縄張り行動が見られること。

はてなキーワードより

よく考えてみると、わたしはこどもの頃から縄張り意識が強い気がする。どれも自分のエゴ丸出しのわがままな欲望であるのだが、とりあえず3つのカテゴリにわけて考えてみる。

 

1. 行動範囲の域

ストレートにわかりやすく「自分の物理的な縄張り」を持っている。たとえば昔通っていた小学校裏の公園はずっとわたしの遊び場であって、そこを荒らされるのを何よりも嫌がった。あの公園はわたしの所有物ではない。利用者もわたしだけではない。わたし以上にあの公園に足を運んで、あの公園を愛している人なんてたくさんいる。そんなのわかっているさ。でもそこじゃない。「ここはわたしが遊んでいる地だ、大事に使え、いいところだからぞんざいに扱うな」という感情を抱いていた。「おいにわか、そんなところ見るもんないぞ、バラ園を見るならこっちルートのほうが早い」という上から目線の先輩ヅラをしたくなる。攻撃的な感情ではないだけマシか。
他にも物理的なエリアを挙げるならば、自分の地元全体。繁華街だったり、ちょっと危なげな裏通りだったり。上記の公園の例と同じで「知ってるやつはこんなところに来ないぞ、穴場はあっちだ」という地元民ヅラ。攻撃的になるとするならば、「俺詳しいんだぜ」と得意げに有名スポットだけ挙げてる人に対する嫌悪感くらいか。「ちがうそこじゃない、ほんとに詳しいのか?人気スポットのまとめ記事を読んだだけだろ?」と決めつけてしまう節がある。頭の中だけに留めているので口に出すことはないが、まあそれでも心の中ではそんな悪態をついているのでどちらにせよ優しくはないな。


2. 仕事・得意分野の域

わたしが得意なところには踏み込まないでほしい。学生時代、グループワークで仕事を振り分けたのに、わたしが担当しているものをやたら手伝おうとする同級生がいた。べつにわたしの作業が遅れていたわけでもなく、クオリティが低かったわけでもない。何かその同級生の不安を煽る雰囲気を出していたのだろうか?あるいはただのお節介か。とにかくわたしは許せなかった。わたしが得意としているところで、わたしが責任を持ってやるところなのに、なんだおまえは。出ていけ。

仕事でも時折起きるからストレスが溜まる。わたしが担当している業務に別の人間が入ってこようとすると「ふたりもいらん、わけがわからなくなるから分けてくれ」と思う。○○といえばグラムさん、という地位は業務上とても便利だし、自分のモチベーションや自信にも関わってくる。何かに特化して、誰かが頼ってこれるほどの実力を身につけている、ということは非常にやる気が出る。境界線をあやふやにせず担当業務をはっきり分けたいタイプなので、「やりづらくなるからやめろ」という気持ちと「わたしが責任を持っているテリトリーに入ってくるな」という気持ちがある。

 

3.交流関係の域

このカテゴリがもっとも複雑なように思える。上2つ以上に強い不快感を示す。様々なパターンがあるが、大変エゴイスティックかつ排他的なのは承知の上でふたつ挙げる。
a) わたしの仲良しゾーンに入ってくる人
b) 親しい人しか呼ばない呼び名でわたしのことを呼んでくる人

上の例はわりとわかりやすいと思う。わたしはもともと仲良しゾーンが狭い上に人見知りなのもあって、そこに別の人が入ってくると自分の居場所がなくなってゆく気がしてつらくなる。やだ、だれ、あまりしらないひと、でていってほしい、という感情を抱く。もちろん、そうやって紹介されて仲良くなるパターンもきっとあるのだが、それ以上にリスクのほうが多くて嫌になる。時間をかけて実現することができたわたしの仲良しゾーンは安らぎを得られる「家」なので、外部の人間は脅威でしかない。頼むからわたしの交流関係に入ってくるな、と強く願う。

b の例は「なんだおまえ勝手に仲良しゾーンに入ってくるなや」という感情だ。呼び名くらいなんでもいいだろ、と思うかもしれないが、嫌なものは嫌である。難しいのは、その呼び名は必ずしも親しさを醸し出しているわけではない、ということだ。別段親密さを持たないようなふつうの呼び方でも、それが親しい人からの呼び名と被っている場合は完全にわたしの中ではアウトである。無難だと思いきや地雷だった、ということもおおいにありうるので厄介。というわけでわたしの名前に君をつけて呼ぶ人間はたとえ冗談でも許さない。

a の感情があるので、その逆の場合もわたしは少し戸惑ってしまう。だれかの仲良しゾーンにわたしが踏み込んでしまう時は、それがどれほど嫌なものなのか身を以て知っているので、とてつもない不安を抱く。わたしは間違ったことをしている、という錯覚に陥る。わかりやすい例を挙げるなら、パートナーの友人の集まりに初めて顔を出した時は緊張しすぎて吐きそうになっていた。嫌がられないかな、だれかの居場所を脅かす存在にはなりたくない、と(自意識過剰?知ってる知ってる)。もし本当に嫌がる人がいるのなら、入れない。恐怖と罪悪感で何もできなくなる。ここでよく勘違いされるのだが、わたしは「入りたくなくない」わけではない。入れてくれるなら入りたい(でも a で書いた通り自分からはあまり入れたくないタイプなのでただのわがままなクソ野郎である)。しかし拒絶された時のショックが本当に大きいので、もしそうなったらどうしよう… とやってみる前から不安でいっぱいになるのだ。ありがたいことにこの友人のみなさんには優しく接してもらえた。わたしはそんなに優しく迎え入れることはできない気がするので自分の器の小ささに辟易したが、それはまた別のおはなし。

b の逆パターンもある。親しい人しか呼ばない呼び名で自分の仲良しゾーンの人が外部の人間に呼ばれると死にたくなる。実例ではないが、似たようなシチュエーションとして友人 C という架空の人物を例にしてみよう。友人 C とはお互いに仲良しゾーン入りしていて、わたしは C のことを「C 子ちゃん」と呼んでいるとする。「C 子ちゃん」という呼び名は C に「こう呼んで欲しい」と指定された呼び名ではなく、わたしが仲良くなった頃からずっとそうやって呼んでいるだけだ。 C は嫌がってなく、その呼び名がわたしたちの間ではスタンダードとなっている。しかしある日、わたしの仲良しゾーン以外の人間 X が、C のことを「C 子ちゃん」と呼んでいるのを聞いてしまった。死にたくなった。嫌で嫌で仕方がなかった。X が C の仲良しゾーンにいるかどうかなんて関係ない。関係あることは「わたしの仲良しゾーンにいない」かつ「X よりもわたしのほうが C と仲が良い」ということである。自分よりも C との心理的距離が遠いはずの X が、親密な(少なくともわたしにとって親密な)呼び名を口にしているのが許せなくて許せなくて仕方がなかった。ひどい嫉妬のようだが、実際はわたしの中のだと a に似ていて「安らぎゾーンを脅かされている」という恐怖のほうに近い。わたしのポジションなのに、と居場所を脅かされて、もう安心できる場所ではなくなったような気持ち。X に対する嫌悪感はあまりない(というか X は別に悪くないから当たり前なんだけど)。呼び名が被っている、という事実に対して嫌悪感を抱く。クソ以外のなにものでもない。そしてそんな自分のクソさも嫌になる。これでもう立派な自己嫌悪のスパイラルが出来上がる。


いくつかのパターンを挙げたが、こうして縄張りを脅かされたわたしはとてつもない破壊衝動に襲われる。破壊の対象が縄張りそのものだから面倒である。縄張りを壊す、というよりは、わたしが離れてしまいたくなる。もう完璧なシャットアウト状態。損しかない行為だが、耐えられないのだ。他者に影響が及ぶほどの縄張り破壊は(かろうじて)良心がはたらいて思いとどまるが、自分から離れていって自分自身の縄張りをなかったことにしたくなる。

こうした自分自身の反応についてさらに考えると、ほかにもいくつか当てはまる傾向がある。たとえば「ルーチンに執着して、そこから逸脱するのが嫌」なこと。やり慣れたもの、見慣れた日常に変化が訪れると死にたくなる。2 の得意分野の例や、3 の呼び名の例なんかがこれに当てはまる気がする。もうひとつは「嫌なことが起きたり、誰かとの距離を感じたら、自分から離れていってさらに距離が広がる」ことだったり。なんとなく誰かと噛み合わなかったりすると、悩むのも不安になるのも嫌になってガラガラと心のドアを閉めてしまう。距離を置いてしまいたくなる。シャットアウトしがちな自分の性格が縄張り意識にも濃く現れている。

しかしまあ、ここまで書ききってなんだけど、わたしは扱いづらいを通り越してただの害悪なのではないか…?

Q1 のまとめ

過去のまとめ:Q1 | Q2 | Q3 | Q4


2017 年の第一四半期があっという間に過ぎていった。本当に… あっという間だった。


1月。年始は東京を離れてひっそりと過ごした。体調を崩したのが咳喘息に悪化し、夜通し咳が止まらず眠れぬ日が続いてずいぶんとつらかったのだが、それでも精神的に落ち着くような休みであった。仕事はきっちりこなしているのだが、どうもやる気が出ない。

2月。よく知っているひとが知らない人にみえた。いつもと違う喋り方、いつもと違う環境、いつもと違う対応。想像以上にストレスで、死んでしまいたくなった。自分でもうまく言葉にすることができず、一番の親友とも呼べるそのひとを拒絶したくなった。正確には、どうすればいいのかよくわからなくなって、シャットダウンをしてしまった感じに近いのかもしれない。あれは一体なんだったのか、今でもよくわからない。そんな数日を過ごし、再度東京を離れる頃にはいつものわたし、いつもの環境に戻っていた。後半はずいぶんと楽しかった記憶がある。

3月。アメリカにて一週間を過ごした。仕事から帰ってきてひたすらゲームを遊ぶ毎日で、特別なことなど何もしていないのだが、とてもしあわせであった。穏やかな日常というものはわたしの精神を落ち着かせてくれる。帰国後は自身の仕事や今後のキャリアパスについて悩んだ。わたしはもうこのチームには長く居られないだろう。

Q1 の 1/3 ほどは東京以外の地で過ごしたようだ。よいことである。
仕事のことで悩むことが増えた。もう、わたしにできることはあまりないのかもしれない。やりたいと思っていたことはだいたいやってしまった。チームの方向性も少しずつ変わっていき、出来ることややりたいことがなくなっていった。

異動のチャンスは常にうかがっているのだが、タイミングがなかなか合わない。

2016 年中にやりたいと思っていたことが「異動」以外にもいくつかあったのだが… あまりできていない。わたしがすべてコントロールできるようなことではないので、ある程度は仕方のないことだとわかっている。わかってはいるのだが、とても気にかかってしまう。嗚呼、もう Q1 が終わってしまったのか。わたしはいつになれば…。なんてことを考えることが増えて、落ち込む回数もぐっと増えた。仕事を変えなければ。暮らしている環境を変えなければ。わたしはただ健やかに過ごしていきたいだけなのに、どうしてこうも難しいのだろうか。 

早起きがだんだん苦痛になってきた。早起きという行為自体は問題ないのだが、1日が長すぎるのだ。毎朝起きて、今日はどんなことで落ち込むだろうか、今日もまた悩むのだろうか、とこれから始まる長い長い1日に絶望感を抱くことが多い。気力がなくて、布団から出れない。

今日はとくにひどくて、早朝に目が覚めたものの夕方になるまで布団から出ることができなかった。大好きなゲームをやる気にもなれず、携帯でネットサーフィンをしているわけでもなく、ただぼうっと天井や壁を眺めて過ごした。死んだり生き返ったりを何度も繰り返すうちに珍しく昼寝をしてしまい、起きた時は低血圧なのも相まって冷たい哀しみに浸かっていた。1日の終わりに親友とすこし話す機会があって、この得体のしれぬ悩みや仕事に対する不安をぽつぽつと話した。会話を交わし、やさしさに触れるうちに心がなんだか軽くなり、夜になってようやく布団から脱出してゲームを遊んでみた。おもしろかった。

しかしまあ、Q2 が毎日こんな感じだったらわたしは頭がおかしくなってしまうかもしれない。最近は職場に行ってもやる気がなく、あまりの居心地の悪さに夕方には退社をしてしまう。どうか Q1 よりも悪化せぬよう祈るばかりだ。

哀しみの話

もともと感情移入がしやすい性格なので他者の悲しみに、他者のために、涙を流すことはあれど、今日はひさしぶりに自分のために泣いた。自分だけのために。想像以上の痛みであった。自身を憐れむわけではなく、それを「哀しい」と認識するのが非常に苦しかった。


人はどのようにして哀しみを克服すればよいのだろうか。自己開示を経て、他者に救いを求めればよいのだろうか。あるいはひとりで向き合って、昇華させればよいのだろうか。わたしにはわからない。


わたしは自分に失望をしたのだ。他者に失望した自分にひどく失望をした、ただそれだけのことなのかもしれない。


わたしは自分の立ち位置を見失ってしまったのだ。見慣れたひとはもうそこにはおらず、わたしは、どんな顔で、どのように、人間らしく振る舞えばよいのだろうか。わたしは「わたし」を放棄するのがいちばん怖いのに、なるほど、わたしは放棄を繰り返しているのだ。そう気づいて、深い哀しみに包まれた。わたしを取り戻す手立ては、今のところ残念ながらない。耐え忍ぶのみだ。自身を否定し続けることはこんなにも心が抉れるようなことだったのか。自己肯定がまるでできなかった何年も前のあの頃、生きる楽しさを見出せなかったことに、納得。